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札幌地方裁判所室蘭支部 昭和40年(む)111号 決定

被疑者 畠中武郎 伊藤和男

決  定 〈被疑者氏名略〉

右両名に対する各威力業務妨害被疑事件について、それぞれ昭和四〇年一一月二七日室蘭簡易裁判所裁判官伊藤武道がした勾留の各裁判に対し、右被疑者らの弁護人彦坂敏尚、同佐藤文彦より適法な準抗告の申立があつたので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

原裁判をいずれも取り消す。

畠中武郎、伊藤和男に対し、札幌地方検察庁室蘭支部検察官杜塚進芳が昭和四〇年一一月二六日にした各勾留請求をいずれも却下する。

理由

一  本件申立の趣旨及びその理由は、別紙「準抗告申立書」写記載のとおりである。

二  本件記録によれば、被疑者らがそれぞれ勾留状記載の威力業務妨害の罪を犯したと疑うに足りる相当な理由ががあると認められる。

そこで、被疑者らについて、刑事訴訟法第六〇条各号所定の事由があるかどうかを以下順次判断する。

三  被疑者らが同条第一号に該当するものでないことは、本件記録上明白である。

四  次に、同条第二号の罪証隠滅の虞の有無について検討する。

(1)  本件記録によれば、被疑者らが各勾留状記載の犯行を実行したことについては、警察官及び国鉄職員によつて編成された違法行為の現認班の多数の者によつて、その犯行の態様が目撃されており、しかもこれを明らかにする現場の写真も警察官によつて撮影されていて、各勾留状記載の犯罪の成否について、被疑者らによつて罪証を隠滅し得る余地が殆どないことは明らかである。

(2)  被疑者らの犯行は、日韓条約反対闘争の一環として行われた国鉄労働組合の時限ストに際し、多数の者と共謀して行われたもので、それが公然としかも比較的平穏裡に犯されていることよりして、被疑者らの犯行は偶発的なものではなく、計画的、組織的なものであつたことは、本件記録上一応これを窺うことができる。従つて、事件の全貌を明らかにするためには、相当広範囲な捜査を必要とすることは容易に推認し得るところであり、このような観点よりすれば、多数の関係者の取調などなお多くの捜査が残されていることは、記録上明白である。しかし、このような事実は、各勾留状ないし勾留請求書の被疑者らの各被疑事実との関係でみれば、直接犯罪の成否と関係するものではなく、結局刑の量定における情状にすぎない。勿論、このような事実であつても、勾留の理由としての罪証隠滅の対象とはなり得るが、犯罪の成否に直接関係する事実についての証拠の隠滅の場合とは、自から軽重の存すべきは当然であり、とりわけ本件のように、被疑事実とされている行為について、その犯行現場における被疑者の行動が相当程度まで詳細に明らかで、そのことについて罪証隠滅の虞のない場合には、事件の全貌が現われるかどうかによつて、被疑者の犯罪に対する社会的評価に重大な相異をもたらし、量刑に大きな差異を生ずるような場合または被疑者がその点について証拠を隠滅することが明らかな場合にのみ、なお罪証隠滅の虞があると解するのが、人権保障の趣旨からみて相当であり、本件が前者に当るかどうかは疑わしく、また、本件記録上被疑者らが罪証を隠滅し、又はこれを疑うべき行為をしたと窺うべき証拠はない。もつとも、国鉄労働組合札幌地方本部において、事件後執行委員が集まり、捜査機関の任意出頭などの呼出しに一切応じない旨を決定したことを窺わせる資料はあり、被疑者畠中は同地方本部副委員長で、被疑者伊藤は組織部長であつて、いずれも同組合の要職にあり、従つて被疑者らが右決定に関与した疑いはあるが、機関決定の性質上被疑者らを勾留するか釈放するかによつて、右決定の実効性が左右されるものとは考えられず、右一事をとらえて、直ちに罪証隠滅の虞があるとはいえない。

(3)  以上の次第で、被疑者らについて、いずれもその被疑事実に関し罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるものとはいえない。

五  さらに被疑者らについて同条第三号の事由の有無を検討する。

本件記録によれば、被疑者畠中は、年令、職業、本籍を黙秘し、被疑者伊藤は年令を黙秘しているが、しかし記録によれば、被疑者らの生年月日は明白で、いずれもその住居地に妻子を有することが認められ、さらに被疑者らは、前記のような労働組合役員の地位にあること、本件犯行が前記のとおり政治運動の一環として行なわれたものであること、被疑者らは、その犯行について捜査が行なわれており、従つて被疑者らが逮捕される可能性があることを予想していたはずなのに、いずれも自宅または自宅付近路上で逮捕されていること、これら事実からすれば、被疑者らに逃亡すると疑うに足りる相当な理由があるとはいえない。

六  以上の理由により、被疑者らについては、いずれも刑事訴訟法第六〇条各号に該当する事由がないから、同条第二号及び第三号に該当するとして被疑者らをそれぞれ勾留した原裁判はいずれも失当であつて、本件申立は理由がある。

よつて、同法第四三二条、第四二六条第二項により、原裁判をいずれも取り消し、札幌地方検察庁室蘭支部検察官が被疑者らに対してした各勾留請求をそれぞれ却下することとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 奥村長生 梅田晴亮 町田顕)

準抗告の申立書〈省略〉

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